子供の内面の発達をたどった後、
"
この人の子の内面的生い立ちの絵巻物を見ていると、人の心の中に森羅万象の展開していくありさまがよくわかる。
そして時も情緒,自然も情緒、自分も情緒という気がしてくる。このすべてを情緒と看做(みな)し去るのが
道元禅師の身心脱落であって、道元禅師は、これを目標に修業せよといっておられるように思う。
。。。
私は「正法眼蔵」の上巻を,何だかよい本と思って買ってきて座右に置いた。
何だかすばらしい景色のように思えるのだが、春霞みのなかの景色である。そんな日が長く続いた。
十三年目に私にある刹那(せつな)があった。その後この本のどこを読んでもすらすらわかる。
”
『一葉舟』 「心の中の自然はすべて情緒」 岡潔著 角川文庫
現在では、すぐ分かる事が求められすぎているように思う。
私も「正法眼蔵」を理解できたらな、と思うのだけども、岡潔でも十三年かかった。
物事の理解には、目標がないわけではないが、浅い、深い、狭い、広い、いろいろの分かり方があろうし、
ある目標に限定されないし、際限もないのかもしれない。
また、岡が言うように「関心の持続」ということが重要だと思う。
もっと正確にいうと関心を持続できる「情緒」が大事だということであろう。
断続的でもいいから関心を持ちつづけることが、あらゆる物事の理解につながるのではないか。
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